ひずみ

震災は遠く離れた地にわずかながらもきしみを生んだ。
まあゴミみたいな大きさですけど。

震災に対する態度にさまざまなバリエーションが生まれている。マジョリティとしては「そろそろニュースバリューもないかな」というくらいの雰囲気だろう。それに「手助けできることがあればまだまだできる範囲でやりたい」という態度が加わる人々で多くが占められるような皮膚感覚がある。

まだまだ高い当事者意識を持って動こうと考えてくれる人も身近に多い。避難所や被災地での生活が長期に及び、現地の方々のストレスは増しこそすれ減ることはない。まだまだ支援は必要であるし、本当にありがたいことだと思う。

一方で関心の種類、有無に関わらず通底するのは、原発事故への漠たる不安だ。これから振りかかるかもしれない危険が恐怖を産み、リスクの議論よりも恐怖へのメンタルケアを求めているかのようにも見える。

まだ見ぬものは恐ろしい。我が事であればなおさらだ。とうにメディアの扱いは原発のほうが津波地震被害よりも大きくなっている。むしろこれは、震災当日にテレビが現地の情報よりも新宿と渋谷の中継ばかり流していた頃から定まっていた流れなのかもしれない。